
昨日は日本の海の日だった。
私は王さん、汪さん、そしてインドから来たハリーと一緒に横浜へ遊びに行った。
横浜を訪れるのはこれが初めてだった。
正直に言うと、この街の第一印象はとても良かった。
みなとみらいの景色も、江の島の潮風も、どちらもとても心地よかった。
でも、景色以上に印象に残ったのは、この日出会った三つのグループの日本人たちだった。
年齢も性格も、外国人に対する態度もまったく違う人たち。
この一日は、私により立体的で、よりリアルな日本の姿を見せてくれた。
一組目:意外なほど親切だった若者たち
一組目は、横浜の地元の人らしい、三十歳前後の若い男性二人だった。
交差点で信号待ちをしているときに、偶然出会った。
彼らは自分から声をかけてきて、自然な様子で「どちらから来たんですか?」と聞いてきた。
私たちがそれぞれ中国とインドから来たと分かると、彼らはすぐに中国語と英語で挨拶してくれた。
その瞬間、私たちは少し驚いた。
普段の日本では、見知らぬ人同士が自分から話しかけてくることはあまりないからだ。
それから、私たちは一緒に歩きながら三、四百メートルほど並んで進んだ。
ほんの数分間だったけれど、会話の雰囲気はとても軽やかで楽しかった。
彼らはとても話好きで、私たちの生活にも興味を持ってくれて、横浜のおすすめスポットをいくつも教えてくれた。
別れ際、彼らは笑いながらこう言ってくれた。
「日本を楽しんでください!」
これは、私があまり経験したことのない日本人の姿だった。
オープンで、親切で、自分から近づいてくる。距離を感じさせない。
おかげで横浜の第一印象は一気に良くなった。
二組目:初めて不快な思いをしたサービス対応
二組目は、江の島のあるレストランで働く、二十代の男性店員だった。
その日はとても暑かった。
江の島に着いたころには、みんな少し疲れていた。
正直、そこまでお腹は空いていなかった。ただ、景色の良い店を見つけて、飲み物を一杯頼んで座り、海を眺めながら休みたかっただけだった。
そこで、私たち四人はそれぞれ飲み物だけを注文した。
すると、注文を受けたその男性店員は、明らかに不機嫌そうな態度でこう言った。
飲み物だけの注文はできない、一人一品必ず料理を注文すること、そして一人あたり1000円以上の会計が必要だと。
正直、そのルール自体には何の不満もなかった。
店の決まりであれば、私たちも理解できるし、喜んで従うつもりだった。
私たちが本当に不快に感じたのは、次の三点だった。
一つ目、入店したとき、最低料金についての案内が特に見当たらなかったこと。
二つ目、注文する前に、店員からも特に説明がなかったこと。
三つ目、そして一番大きな理由——彼の態度だった。
やり取りの間ずっと、彼はとても不機嫌そうで、口調も強く、この一年間日本で経験してきた接客とはまったく違うものだった。
その後、私たちは改めて料理を注文し、一人あたり1000円以上の会計になった。
本来なら、それで話は終わるはずだった。
でも、汪さんはさっきの店員の態度に問題があると感じ、店長を呼んだ。
店長は私たちの説明を丁寧に聞いたあと、謝罪してくれた。
私たちも、それで一件落着だと思っていた。
ところが、その後の食事の間も、あの男性店員は時折こちらに不機嫌そうな視線を向けてきて、最後まで自分から謝ることはなかった。
会計のとき、私たちは改めて、気にしているのは店のルールではなく彼の態度だと伝えた。
残念ながら、彼はそれでも自分の問題に気づいていないようだった。
さらに納得できなかったのは、やり取りの途中で彼がこう言ったことだ。
「日本語を話せますか?」
汪さんとハリーは主に英語で彼とやり取りしていたが、彼自身も英語を理解し話せることは明らかだった。そのため、この一言は善意の確認というより、見下すようなニュアンスを含んだ皮肉に聞こえた。
そして彼は、私たちにこう言い放った。
「Get out.(出て行け)」
日本に来て一年余り、これほど不親切な接客を受けたのは初めてだった。
もちろん、これが日本を、ましてやすべての日本人を代表するとは思っていない。
ただ、今回の出来事は、こう気づかせてくれた。
どの国にいても、がっかりさせられる人には出会いうるのだと。
三組目:外国人差別に反対するお年寄り
夜、私たちは日本大通りを散歩した。
駅を出てすぐ、何人かのお年寄りがプラカードを掲げ、小さな街頭活動をしているのが目に入った。
その中の、七十歳くらいの一人の男性が、自分から私たちに話しかけてきた。
彼らが訴えていたテーマはシンプルだった。
外国人差別に反対する。排外主義に反対する。
私たちが中国から来たと知ると、彼はまったく偏見を見せることなく、むしろとても温かく中国語で挨拶してくれた。
そして、笑いながらこう言った。
「日本と中国は一衣帯水の関係です。」
その後、彼はパンフレットを一部手渡してくれた。
その中に、印象に残った言葉がいくつかあった。
外国人が増えたからといって、治安が必ず悪くなるとは限らない。
SNS上の情報に接するときは、まずデータや事実の裏付けがあるかを確認すること。
一部の事例だけを見て、外国人全体に偏見を持たないこと。
国籍や文化的背景に関係なく、共に生きられる社会を築きたい。
読み終えたあと、心から感動した。
特に、昼間に嫌な思いをしたばかりだったので、こうしたお年寄りたちに出会えたのは、不思議な巡り合わせのように感じられた。
一日で出会った、三種類の日本人
帰り道、私はずっと考えていた。
同じ日本人なのに。
親切で、心が開かれていて、自分から外国人を歓迎してくれる人がいる。
態度が悪く、偏見を持っている人もいる。
そして、差別に反対し、異なる国の人々が共に平和に暮らせることを願って、声を上げる人もいる。
実は、この三種類の人は、日本だけに存在するわけではない。
中国にもいる。
インドにもいる。
世界中、どの国にもいる。
私たちはつい、一度の経験だけで、ある国や民族にレッテルを貼ってしまいがちだ。
でも、長くその土地で暮らしてみると分かる。
どんな国にも、たった一種類の人間しかいない、ということはない。
一度の善意だけで、その国全体が善良だとは言えない。
一度の悪意だけで、その国全体を否定することもできない。
本当に心に留めておくべきなのは、誰か一人の行動ではなく、独立した視点を持ち続け、簡単に一人の個人でその集団全体を定義しないことなのだと思う。
これが、昨日の横浜への旅がくれた、一番大きな気づきだったのかもしれない。